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No. 1031:Kano Fukushimaさんの文章を転載させて頂きました。そのー1 組長さん (2017/10/27 14:27:03)
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「音」とは言葉よりも繊細さのある細やかな粒子のようなもので、言葉では表現しきれない心のうごめきみたいなものまでも表現し得る、言語の一種なのではないかと思います。そしてその「音」だけで作られた作品や、それだけで紡ぎ出される世界や、世界観のことを「音楽」というのかもしれないなとも思います。
その細やかな音の粒子1つ1つには、きっとなんの意味も持たないのだろうけど、音を奏でる際の力の強弱やテクニックだけではなく、奏でる人間の指先や、吐息に込められた想い、その奏者の内に秘める感情によっても、「音」は如何様にも変質しうる。よって時に、その意味を持たない一音に、それを耳にする者へ有無を言わせぬ説得力であったり、深く埋もれていた感情を誘発させるような力を与えることもできるのだと思います。 「音」の性質が、ほんの些細なことでも変質してしまうほどの繊細さを持つものであるからこそ、同じく人間の精神というか、常に何か言葉にならなものがうごめいている「心」への浸透力も高く、それゆえに多くの人を巻き込み、人々を一つにし、魅了する圧倒的な力も秘めているのだと思います。「良い音楽」と呼ばれるものはきっと皆そういった力を持っていて、それは毎度裏切ることなく、私たちをいつも同じ感情やモチベーションへと心を調律してくれます。 ただ、その1音に込められた感情や想い、それらの音で紡ぎ出される世界観をそのまま体感するのは悲しいけれど簡単ではありません。
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